触媒・電池材料領域
プロジェクト名:JST CREST「新機能創出を目指した分子技術の構築」、
JST ACT-C「量子シミュレーションに基づく不斉C-H活性化触媒の開発」
- 計算
- 情報
- 化学反応の経路を自動探索できるAFIR法を開発
- AFIR法では、モデル関数を用いて反応物同士に人工的な力を加える
- さまざまな既存の計算手法と組み合わせることで高度な汎用化を達成
反応の生成物や経路を自動的に予測する
革新的な化学反応が見つかれば、社会的にも経済的にも大きな波及効果をもたらすことができます。しかしながら、現時点では、おびただしい数の実験を試行錯誤して行わない限り、新しい反応を発見することはできません。もし、反応物や触媒などの組を入れると、量子化学計算に基づいて、生成物、副生成物、それらを生じる経路を自動的に予測する計算法を構築することができれば、反応や材料の開発速度は一変するでしょう。私たちがめざしているのは、まさにこのようなことです。
反応物同士を押しつけて、エネルギーバリアをなくす
従来の計算化学では、反応機構を推定しない限り、1億分の1秒程度の非常に短時間で起こる反応以外は解析できませんでした。そのため、推定を誤ると間違った結果が出てしまいます。十分に系統的な解析や信頼できる予測を行うためには、反応経路を自動探索できる手法が必要です。今回紹介するのは2010年に開発した「人工力誘起反応法(AFIR法:図1)」で、その汎用化が順調に進んでいます。
AFIR法の要は、反応物同士を押しつけて、強制的に反応させることにあります。例えば、原子Aと原子Bの間にはポテンシャルエネルギーのバリアがあります。両者に人工的な力を加えて押し付けあうと、バリアがなくなってAとBがポテンシャルの谷底へ落ち込むようになり、反応過程を素早く探索できるようになります。具体的には、AとBの距離「rAB」に比例する項「αrAB」(αは比例定数)をポテンシャルエネルギーに加えたAFIR関数を用い、初期状態からAFIR関数を極小化するという操作をくりかえして生成物を見いだします。また、実際の反応経路やエネルギーについては、人工力の定数αを0(ゼロ)にし本来のポテンシャルに戻して計算し直して決定します。こうして、遷移状態の位置も簡単に求めることができるようになりました。
AFIR法は分子間で起こる反応だけでなく、1分子の中のさまざまな部位同士を押し付け合ったり、引っ張ったりすることで、分子内で起こる反応へも適用できます。こうすると、最初に入力した構造から始まる反応経路を系統的に探索し、新たな安定構造を多数発見できます。それで得られる安定構造を出発点とする探索を、得られたすべての安定構造に対して次々に行っていけば、与えられた化学組成で可能な全ての反応経路を探索できます。こうして得られる反応経路のネットワークを「GlobalReaction route map (GRRM:図2)」と私たちは呼んでいます。
さまざまな計算技術と組み合わせることよって汎用化
全探索は、原子数が多くなると計算量の問題で難しくなってきます。そこで、限定(部分)探索を行うオプションを導入し、原子数が数十~100程度からなる反応系へも応用してきました。例えば、有機合成反応の反応機構や生成物の選択性に関する解析などを、これまで精力的に進めてきています。
また、光反応では複数のポテンシャルエネルギー曲面が反応に関与しますが、そのような場合に対して探索法を適用する多状態アルゴリズムや、結晶など固体を扱うための周期境界条件、酵素反応などを扱うためのQM/MM法やMicroiteration法など、さまざまな計算技術とAFIR法とを組み合わせることで、適用範囲の拡大を進めてきました。現時点では、有機合成反応、微粒子触媒反応、固体表面反応、光反応、酵素反応、結晶相転移など、多種類の化学反応への応用が可能になっています。個々の興味のある反応系に特化した高速化を導入しながら、実験に先立つスクリーニングに利用するのが今後の目標です。
前田 理
北海道大学 大学院理学研究院化学部門 理論化学研究室
参考文献:
- [1] S. Maeda, K. Morokuma, J. Chem. Phys. 2010, 132, 241102.
- [2] S. Maeda, Y. Harabuchi, M. Takagi, K. Saita, K. Suzuki, T. Ichino, Y. Sumiya, K. Sugiyama, Y. Ono, J. Comput. Chem. 2018, 39, 233.
- [3] S. Maeda, K. Sugiyama, Y. Sumiya, M. Takagi, K. Saita, Chem. Lett. 2018, 47, 396.