インタビュー: 若手研究者に聞く 第1回

SXMを操作する豊木さん

元素戦略プロジェクトの研究の先端を走る若手研究者たち。
未来に何を見て、どんな挑戦をしようとしているのでしょうか。

どんな研究をしているのですか?

磁気イメージングで磁石の微細構造を調べ、保磁力の発現メカニズムを探っています

メインの研究は走査型軟X線顕微鏡(SXM)を使った磁気イメージングです。軟X線を試料に当て、試料から出てくる電子を計測し、画像に変換します。
磁性材料を原子サイズで見ると、個々の原子の磁化の向き(N極とS極)がそろっている領域「磁区」が立体的に組み合わさっています。磁化された方向が保たれるように制御している力(保磁力)が強いほどモノを引きつける力が強く保たれるのですが、保磁力が弱いと、逆方向の磁場や熱によって磁化が反転しはじめ、磁力が落ちていきます。磁化の反転がどこでどのようにして起きるのか、それを調べるにはSXMが必要です。
私たちが使っているSXMは、元素戦略プロジェクトで開発された優れものです。従来の方法では試料を割って研磨した面を見ていたので、保磁力が低下した状態でした。この問題を解決するため、保磁力が良好に保たれている試料の破断面を使い、また試料の磁場に抗うことができる最大8Tの強磁場をかけるようにしました。その結果、磁区を広い範囲で詳しく見ることができるようになりました。
さらに詳細な研究によって保磁力の発現メカニズムを解明し、磁性材料の高性能化や新しい材料の開発につなげていきたいというのが目下の目標です。

ネオジム磁石の磁区構造。赤い部分が〇極、青い部分が〇極。

日々の活動を紹介してください

「ボタン1つで測定できる」。そこを目指して装置の改良に努めています

まずは装置の開発と改良。そしてメンテナンスです。SPring-8は大学、研究機関、そして企業の研究者が利用できる共用施設です。私が所属する利用研究促進部門の研究員の多くは、自身の取り組む研究テーマだけでなく、共用ビームラインの管理・運営をおこなうとともに、ユーザーが先進研究をすすめられるようサポートしています。一方で、私自身は、元素戦略プロジェクトの博士研究員として、磁性の研究に専念することができます。
しかし、その研究のための測定手法の開発・改良に加え、磁気イメージングのための画像解析のプログラミングをしたり、「こういう解析がしたい」と考えてソフトウエアを開発しているうちに、結果的には他のユーザーの実験にも大いに役立っているようです。近年は、測定が高速化し1ピクセルがマイクロ秒オーダーになってきたので、通信速度も考えていかなければなりません。
私はここに2年前に赴任してきたのですが、放射光施設は独特だなと感じました。普通の研究室では、新しく入った人は1~2年で装置を操作できるようになります。ところが、放射光施設の利用は半年に3日間くらいなので、次に来たときには操作方法を覚えていないのです。教えないといけないのですが、教えなくてもある程度はわかるようにしたいと考えています。究極は「ボタンを1つ押せば測れますよ」。元素戦略プロジェクトの多くの仲間との共同研究をいっそう進めることを視野に入れて、そこにフォーカスした研究もしています。

SPring-8の蓄積リング(加速器)棟。世界最高性能の放射光を利用した各種の実験をおこなうことができる。

研究者としてのこだわり、スタンスは?

「できる」と言ったからには必死に考え、「できた」にもっていきます

今の研究は性に合っていたと思います。大学に入ったとき、工学部の研究の中で、おもしろそうだなと感じたのが材料系や測定技術だったからです。博士論文はスピントロニクス系のCr2O3という材料の研究でした。
博士課程を終えるとすぐにSPring-8に赴任したのですが、当時、イメージング技術ができたばかりのころでした。SXMの基本的な測定ができるようになったばかりのため、ハードが優先していて、測定データを可視化するソフトウエアの開発はこれからでした。私は元々プログラミングなどのソフトウエアづくりが得意で、測定用のソフトウエアの開発経験などもあったので、磁性研究の一環として、自発的にソフトウエアの開発に取り組み始めました。今では、ソフトウエアの開発を一手に担っています。
SPring-8のSXMは磁気イメージングのノイズのなさではトップクラスです。ただ、「これだけきれいに見えるのはすごい」と言われるのが日常的になってきたので、むしろ不満点をあげてもらい、今後の開発に役立てていきたいと考えています。
「苦労したことは?」とよく聞かれますが、いったんできてしまうと、「できるはずだから、できるよね」と思っているので、淡々とした答えになってしまいます。とはいっても、「できるか、できないか」と聞かれたら、まずは「できます」と答えておいて、必死で考えて取り組んでいます。

これからアプローチするテーマは?

ナノ秒から数百秒までを見られる技術の開発。一生かかっても取り組みます

これからも磁性の研究を続けていこうと考えています。保磁力のメカニズムを解き明かすには、逆磁区の発生過程を突き止める必要があります。ところが、熱の揺らぎでいつ起こるかわからない。そのため、トリガーとなるナノ秒から始まって数百秒までという、とほうもなく幅広い時間オーダーを包括的に観察していかなければなりません。空間スケールで見ると、数百原子の磁化反転がトリガーになって、センチメートルオーダーまで広がっていきます。その全体を一度に見るのは難しいので、階層的に測定して、つなげていくことになるでしょう。
ナノ秒から数百秒まで、いつ起こるかわからない現象を測定する技術の開発は、たぶん私の一生分の時間をかけても足りないと思っています。この開発は磁性研究をはじめ、さまざまな物質の相転移や化学反応における課題の根本的な解決につながるというところに意義があります。そこが原点になって、さまざまな課題が解き明かされていくと思うのです。

元素戦略の未来を考えると?

原点は元素周期表。研究の道しるべとして利用しています

元素戦略や物質材料科学の未来を考えるときには、元素周期表を見るようにしています。どういう材料がいいだろうと考えるとき、量が多い元素を使うのに越したことはないので、鉄とケイ素、炭素、あとは酸素と窒素くらいで足りるようになればいいのにと、いつも思うところです。
磁性は、安価な鉄で発見されてよかったです。鉄でなかったら、たぶん使い物にならなかったでしょう。
周期表を毎日ながめていると、高校時代にあれだけ覚えられなかったのに、自然に頭に入ってきました。材料科学の研究者としては、上と下の元素は似ているから、これとこれの組み合わせではどうかというように利用していますし、軟X線ビームを扱うようになってからは、プラセオジムはネオジムの左だからM吸収端のエネルギーは900 eV台半ばくらいで銅のL吸収端と被るな、といった見方をしています。周期表は元素戦略の基本ですね。

from David

豊木さんと研究仲間。向かって左から、岡崎宏之さん、豊木さん、David Billington さん、小谷佳範さん。

Toyoki-san and I both started our postdocs at SPring-8 in October 2015. Together, we have performed a number of magnetic microscopy experiments on Nd-Fe-B sintered magnets as part of the Element Strategy project. During this time, the measurement speed has vastly increased thanks to improvements in the experimental method and processing software made by Toyoki-san. This has made many measurements possible that we could not do previously. Working with Toyoki-san has been an absolute pleasure and I hope to collaborate with him in my future career!

Profile

磁性材料研究拠点の報告会でのポスターレビュー

豊木研太郎

Kentaro Toyoki

高輝度光科学研究センター
(JASRI/SPring-8)利用研究促進部門
分光物性Ⅱグループ 博士研究員

2015年9月
大阪大学大学院工学研究科 マテリアル生産科学専攻 博士課程修了

2015年10月
高輝度光科学研究センター
博士研究員

Interviewer’s Postscriptインタビュアーから

ご自分の研究をすすめながら、最先端装置の開発やメンテナンスにあたる豊木さん。3つを並行させるのは難しいといいますが、SPring-8を利用しに訪れる多くの外部研究者も含め、それぞれの場でのコミュニケーションを大切にしています。また、磁性が関わる他分野のセミナーや放射光施設の中での勉強会にも積極的に参加。休憩所でのおしゃべりも楽しんでいます。こうした交流が糧になり、研究のアイデアがはぐくまれているようです。
(福島佐紀子/サイテック・コミュニケーションズ)

Dr. Billington cooperated with a native check / 撮影:石川典人・中村哲也(高輝度光科学研究センター)