インタビュー 第2回: 若手研究者に聞く

「研究の重要な部分は、大場教授(右)と密に議論するように心がけています」と熊谷さん。
右の写真は東工大のスーパーコンピューターTUBAME3.0(提供:東京工業大学)、中の画像は点欠陥のある結晶構造。

「私の研究の魅力!」

私の専門である理論材料研究の魅力は、既知の優れた材料の性質の理解や未知の新材料の予測ができることです。コンピューター性能の向上と計算手法の発展により、精度の良い計算ができるようになった現在では、研究者のアイデア勝負で未知の材料研究に挑戦していくことができます。

「材料中の物理現象の起源を知りたくて理論材料学を選びました」

「高校生の頃、環境分野に興味をもち、研究の力で世の中をより良くしたいと考えていました」

熊谷さんは研究者を志して、京都大学工学部地球工学科へ進学しました。学部では電気化学の材料作製とその解析実験にも携わり、実験のプロセスで起こる物理現象の起源を知りたい。それを追究するには理論や電子論を使って解明していく必要があると考え、大学院より理論材料学へと専攻を変更しました。

数学が幼少より得意だったこともあり、大学院ではごく自然に計算手法の開発に取り組みました。固体中の電子の動きを量子力学に基づいて予測する「第一原理計算」と呼ばれる手法です。当時は、実験で得られたX線吸収スペクトルを計算によって高精度に導きだすための手法や、磁性合金における原子の位置を特定する計算手法の開発を行っていました。前者の手法は、遷移金属元素がどのような電子状態を有しているかを知る手がかりを与えてくれ、リチウム電池の正極材料として用いられているLiCoO2などのコバルト酸化物を対象としていました。また後者は、理論計算のみから安定構造を予測することができる手法で、NiO-MgO合金を対象とし、その有用性をデモンストレーションしました。

「研究環境が人を成長させることを実体験しました」

2010年に博士号を取得した熊谷さんは翌2011年4月より、日本学術振興会海外特別研究員としてチューリヒ連邦工科大学のN. A. Spaldin教授の研究室に赴きました。そこでは、強誘電体(電界が印加されていない状態でも電気分極をもつ物質)中に存在するドメイン壁(電気分極の向きがそろっている領域“ドメイン”と、電気分極の向きが異なるドメインを隔てている境界)の構造やエネルギーを理論的に調べる研究テーマに従事しました。特に、6種類の異なるドメインが1つの点から発現する、クローバーリーフ構造と呼ばれる特異な現象がなぜ起きるかを説明する重要な研究としてNature Communications誌に発表しました。

「異なる研究環境に移って、研究成果が出たことに安心しています。それに、海外に行ってみないとわからない面白い体験がいろいろできました」と語ってくれました。

「京大とスイスでは、価値観がまったく異なっており、その結果、研究テーマに対するアプローチの仕方も違います。京大では、自分で研究テーマを決め、独自に進めていきましたが、スイスでは、教授とマンツーマンで密に議論を繰り返しながら二人三脚で研究しています」

「京大のスタイルのように自分で考えながら進めていく方法では、確実に力はつきますが、未熟な身では不適切な研究テーマを選ぶリスクがあります。結論としてどちらがいいとは言えないですが、ヨーロッパ流の研究は、教授に時間的余裕がある場合に実現できるという意味で、日本では難しいかもしれません」

1年8ヵ月後、帰国した熊谷さんは東工大・元素戦略電子材料研究センターの特任助教に着任し、ふたたび新しい研究環境に移りました。

「京大では主に理論の研究者の中で研究をしていたのですが、元素戦略研究センターでは、プロジェクトミーティングなどで実験家の中に私たちが入って密に話を聞く。しかも、実験のレベルが非常に高いので、ものすごく勉強になります」

このような環境下では、実験家と理論家との信頼関係がはぐくまれていきます。最近では、理論家が理論計算を用いて発見した方法を提案し、実験グループがその再現に成功するという予測主導の流れもできてきました。例えば、2018年6月に発表された窒化銅(Cu3N)に関する研究では、フッ素元素を加えることでp型半導体になることを熊谷さんたちが予測し、実験家がその実証を行いました。

「汎用的な計算手法の開発が目標です」

熊谷さんが所属する大場史康教授の研究室では、最先端の計算科学を駆使して次世代の電子・エネルギー材料の設計と探索を進めています。そのメンバーの一員として、熊谷さんは半導体の物性解明のための計算手法開発を行うようになりました。

研究テーマの1つが、半導体の性質を大きく支配する「点欠陥」の性質を調べることです。点欠陥というのは結晶内の原子配列が不完全な部分で、あるべき原子が欠ける「空孔」や、ある原子が異なる原子に置き換わる「置換原子」、結晶の隙間に入り込む「格子間原子」など、さまざまな種類があります。わずか100万個に1個程度の原子配列に異変があるだけで、電気がどれだけ流れるか、原子がどれだけ動きやすいかなどの変化が起こり、材料としての性質が大きく変わってしまいます。点欠陥の名前からは「欠陥」=悪い作用を及ぼすというイメージがありますが、必ずしもそうではありません。逆に良い作用を及ぼすこともあり、点欠陥を積極的に入れることで材料としての性能を大幅に向上することもできるのです。

2つ以上の元素で構成される化合物中では、さまざまな種類の点欠陥が存在するようになります。それにともなって、点欠陥がどのような振る舞いを化合物に及ぼすかを単純に予測することが難しくなります。そこで熊谷さんは、欠陥計算を高精度にかつ自動的に計算する手法を開発しました。

「この計算手法を用いて、新規半導体として期待されているリン化物や硫化物、窒化物の中の点欠陥計算を行い、半導体としての振る舞いの説明や、それらの性質を制御する方法を提案しました」

熊谷さんが開発した点欠陥の計算手法は特に海外で注目されており、プログラムを使わせてほしいというメールが数多く寄せられています。

「欧米では、論文を書く前にプログラムを公開し、使ってもらう。それでバグがあればそのフィードバックをしてもらい、ブラッシュアップしていくというのがトレンドになってきています。また、プログラムが広まれば知名度が上がります。欧米では、そこをもっとも大事にしていると感じています」

「研究者としての知名度が上がれば、論文も読まれるというシナジー効果が生まれます。残念ながら、どんなにいい成果を出しても、論文が読まれなければ広まりません。この観点からも、プログラムは積極的に公開した方が良いのではないかと最近は考えています」

不純物(緑、オレンジ)が結晶中の原子(紫)と入れ替わることで、結晶中に電子(e)、ホール(h+)が導入されている状態を示す概念図。導入される不純物の種類に応じて、半導体の性質が大きく変わる。

「半導体材料を対象とした計算材料データベース構築に力を入れています」

熊谷さんの目下の課題はプログラミングです。

「プログラム言語の技術革新はものすごく速くて、最先端のプログラミング手法を勉強して追いかけていくのが大変です」

こうした状況の中で、欧米ではプログラミングの専門家が材料科学に流れています。その結果、研究が加速されるだけでなく、情報学と材料科学との融合によって未知の領域が広がっていく気運が生まれてきているようです。

「計算材料データベース(DB)を用いることで、すでにある物質の中から優れた材料を探すことができます。次の問題設定は、いかにして未知の物質を探しだすかです。そこにアプローチするには、オリジナリティのあるアイデアが必要になります」

「今の量子力学に基づく第一原理計算で計算できるのは数十万個のオーダーまでですが、未知の領域の新材料を探索するには、例えば1兆個以上などといった途方もない数が対象になるでしょう。そうなると、新しいモデルが必要になります。このときに従来の第一原理計算と情報学の融合が重要になるのではないかと考えています」

熊谷さんは2016年からJSTさきがけ研究員を兼任し、半導体材料開発に特化した計算材料DBの構築にも取り組んでいます。現在、数十万種類の物質について原子構造、エネルギー、電子構造を計算した結果がDBとして欧米で公開されています。これらの計算材料DBでは、半導体材料研究に必要な点欠陥やイオン化ポテンシャル(物質から電子を取り去るのに要するエネルギー。デバイスなどの応用の際に重要となる)などの情報が不足していました。点欠陥の計算手法を開発してきた熊谷さんにとって、DBの開発は点欠陥研究との融合でした。

「例えば、従来は3個とか5個の物質中の点欠陥を対象に計算を行ってきましたが、現在では1000個のオーダーの物質中の点欠陥を対象に計算を進めています。その大規模データに基づき機械学習を行うことで、点欠陥ができやすいものとできにくいものを分け、その違いがなぜできるかを解明しようとしています」

研究室にある計算機クラスタのメンテナンス風景

「材料科学者の夢は簡単につくれる役立つ材料を探すことです」

今後の研究について、熊谷さんはこう語っています。

「短期的なスパンでは、今の延長戦上で、新しいアイデアを入れて優れた計算手法をつくり、応用研究に適用したいと思っています。中期的には、まだ世の中にはない新材料を理論主導で予測して導きだして提案していきたいです」

もっと先の夢は、
「予測だけでなく、つくるところまでフィードバックする。現在のところ、つくりやすさといったパラメーターはないのですが、そこまでカバーできるような研究をやっていきたいと思います。そのためには、実験との強い連携が必要不可欠になります」

Profile

熊谷 悠

Yu Kumagai

東京工業大学
元素戦略研究センター
特任准教授

2010年3月
京都大学大学院工学研究科材料工学専攻 博士課程を修了し、博士号を取得

2010年4月
京都大学特定研究員

2011年4月
日本学術振興会海外特別研究員(チューリヒ連邦工科大学)

2012年12月
東京工業大学 元素戦略電子材料研究センター 特任助教

2015年10月より同特任講師

2016年12月より現職

2016年10月
科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員(兼任)

写真撮影:由利修一 画像作成:熊谷悠