インタビュー: 若手研究者に聞く 第3回

触媒反応装置を操作する細川さんとスタッフの学生。
合成した触媒材料に、コントロールした排ガスを流して活性を調べる。
左は新規触媒Sr3Fe2O7-δのトポタクティックな酸素挿入と脱離を示した概念図。

「私の研究の魅力!」

環境触媒材料の開発の魅力は、固体粉末の些細な化学組成や作り方の工夫で予想外の性能が生まれるところにあります。また、固体触媒上での排ガス浄化反応中で起きる固体内部および表面が織りなす多様な化学反応の観察は、新しい理論を引き出すトライの場にもなります。

「触媒によって酢酸のにおいが変わることに面白さを感じました」

「無機合成の分野に進み、分子変換に挑戦してみたい」

こう希望していた細川さんが修士課程で配属されたのは、京都工芸繊維大学の今村成一郎研究室でした。与えられた研究テーマは、酢酸を分解する触媒。染料工場の排水に含まれる有害な有機物質を分解してCO2にするときの難分解性物質の一つが酢酸です。触媒粉末の作り方や組成の違いで、酢酸のにおいが大きく変わります。これが率直に面白く、環境触媒に興味を引かれました。

博士課程では京都大学の井上正志研究室に移り、もっぱら無機材料合成の研究に携わりました。井上教授はソルボサーマル法(液体を媒体とする高温反応を利用した無機材料合成法)のパイオニアのひとりで、有機溶媒、とくにグリコールを使って無機酸化物をつくるというユニークなプロセスを見いだしました。この方法は「グリコサーマル法」と呼ばれます。細川さんはそのプロセスでできる生成物の特性、例えば針状や花弁状になるといった形状や、あるべき原子が欠けたり、他の原子に置き換わる欠陥の多さを調べ、そのような物性がどのような経路でつくられるのかを調べました。

「ドクターコースの3年間はとても貴重なときでした。アプリケーションにとらわれずに、無機材料がどのようにできあがるのかという興味だけを追いかけていました。そのおかげで、合成手法や結晶構造の基本的な知識の習得ができました」

助教になった細川さんは、ソルボサーマル法で合成した酸化物を用いた触媒の研究を始めました。ひと言に触媒といっても、アンモニア合成などに使われる無機固体触媒、医薬品合成などに使われる有機金属錯体触媒、光触媒など、いろいろな分野があります。それぞれに専門性が必要ですが、共通しているのは化学反応を1つずつ組み立てていくことです。環境触媒では、CO等の有害物質と酸素を反応させてCO2に変え、無害化するのが基本的な反応になります。細川さんは、排ガス中の炭化水素(HC)などを浄化する触媒材料を設計しました。

しかし、設計した触媒から有効な活性がすぐに得られるわけではありません。アプリケーションにつなぐには時間がかかります。実験を重ねる中で、ソルボサーマル合成した酸化物の欠陥構造に発光特性があることに気づき、蛍光体の研究も並行させて行うようになりました。

「自動車触媒は過酷な環境下で機能することが求められます」

2013年、細川さんは京都大学 触媒・電池元素戦略研究拠点に配属され、拠点が進めている自動車触媒に研究の軸足を移しました。

ガソリン自動車の排ガス中にはCO、HC、窒素酸化物(NOx)が含まれており、この3成分を同時に除去する「三元触媒」が個々の自動車に搭載されています。触媒には白金、パラジウム、ロジウムなどの希少金属が含まれており、その減量と代替材料の開発が喫緊の課題となっています。

化成品合成や石油精製などの触媒反応は、温度・圧力・反応基質濃度などが管理されています。これに対して三元触媒では、与えられた環境(温度や反応基質濃度)で酸化反応(COとHCをそれぞれCO2とH2Oに変換)と還元反応(NOをN2に変換)を同時に進行させています。走行条件次第では,触媒は1000℃の雰囲気に曝されることもあります。また、排ガス成分(酸素濃度等)は走行モードに応じて絶えず変化しています。このように環境変動の大きな中で酸化・還元反応を最適化するには、酸素過剰環境下では酸素を迅速に吸蔵し、酸素不足環境下では酸素を迅速に放出する機能が必要になります。この機能を「酸素貯蔵能」といい、近年の自動車触媒には酸素貯蔵能をもつ材料が助触媒として加えられています。

実用化されている酸素貯蔵材料のCZ(セリア:CeO2とジルコニア:ZrO2の固溶体)は性能としては優れているのですが、原料のセリウム(Ce)とジルコニウム(Zr)の埋蔵量が少ないという問題を抱えています。代替材料を開発するには、まずは酸素貯蔵能のメカニズムを解明する必要があります。

細川さんたちは、CZが酸素を吸蔵・放出するときの結晶構造の変化に注目しました。文献調査などから、CZは基本骨格を保ったまま、固体内の酸素イオンの出し入れが行われていることを知りました。この変化は「トポタクティック転移(反応)」と呼ばれます。トポタクティックな酸素の挿入・脱離が起こる材料の探索を行った結果、ストロンチウム鉄系複合酸化物Sr3Fe2O7-δの酸素貯蔵能がCZより優れていることが明らかになりました。

「担体の機能に着目して新しい触媒を開発しました」

次の段階では、ストロンチウム鉄系複合酸化物Sr3Fe2O7-δに少量のパラジウム(Pd)を加え(担持)ました(Pd/Sr3Fe2O7-δ)。そして自動車排ガス浄化反応に対する触媒活性を調べたところ、NOxに対して高い還元活性が出ることがわかりました。

従来の三元触媒では、NOxの還元はパラジウムのような貴金属粒子の表面にNOが吸着してNとOに乖離し、COがOと結びついてCO2とN2が放出されると見られる例が多く報告されていました(従来型触媒の図)。この過程で排ガスの温度が高いと、Pd粒子は凝集して粒の成長が起こります。すると、粒子の表面積が小さくなり、排ガスとの接触点が減少するので、還元機能が低下してしまいます。

これに対してPd/Sr3Fe2O7-δでは、表面欠陥サイトがNOのOにより酸化され、N2が脱離します(新規触媒の図)。このN2脱離により生成した表面のOは、固体内部の欠陥サイトに移動し、NO分解に有効な表面欠陥サイトが即座に回復することがわかりました。すなわち、トポタクティックな酸素脱離で生じた固体内部の欠陥サイトが重要な役割を果たしています。従来の触媒設計の多くが表面積を確保して触媒活性の向上を目指していたのに対して、この酸素脱離機構を利用すれば表面積にとらわれない新しい触媒設計が可能になります。

また、ソルボサーマル法によってマンガン修飾六方晶YbFeO3という特異な結晶構造を合成しました。その触媒特性を調べたところ、貴金属触媒を使わなくても単独でプロパンに対して高い酸化活性が得られました。そこでYbFeO3を担体として使い、Pdの量を通常の半分に減らしてみたところ、従来の触媒よりも高い酸化活性と還元活性の両方が得られました。このように担体自体に触媒能があれば、貴金属の量を飛躍的に減らすことができるだけでなく、単独でも触媒として使える可能性が出てきました。

従来型の触媒Pd/Al2O3と新規触媒Pd/Sr3Fe2O7-δのNO還元の仕組み

「触媒設計の方法はフレキシブルに変化させています」

Sr3Fe2O7-δ担持触媒やYbFeO3担持触媒について、細川さんはこう説明しています。

「貴金属と担体の役割が代わったのです。従来は、例えばPd粒子の表面にNOやCOを吸着させて分解していたので、もっぱらPdの触媒活性に頼らざるをえませんでした。担体に触媒能があれば、Pd粒子はNOやCOを表面に吸着する、いわば呼び込み役でよくて、店の中にいる担体が触媒として働き、接客を行います」

このような触媒設計は従来なかった方法です。先のPd/Sr3Fe2O7-δ触媒とPd/YbFeO3触媒の2つに共通しているのは、少量のPd種が担体の内部(バルク)や表面の酸化・還元能を引き出していることで、バルクや界面の構造・機能の解明によって新たに生まれた設計法です。バルクや界面の研究では、実験と解析だけでなく、理論計算とくに電子状態の計算が重要になります。細川さんは拠点内の電子論グループの協力を求め、まずはNO分解に有効な酸素欠損をもつ担体材料を見つけて糸口を探っていこうとしています。

一方、担体の機能を活用した新しい触媒の設計では、触媒反応は担体表面で起きるため、ふたたび表面が重要になってきます。

「そのため、最近は、バルクおよび表面の酸化・還元能だけでなく表面構造と担持金属の界面に着目した研究も進めています。自動車触媒の研究を始めた当初は、固体表面に存在する担持金属の構造に着目していましたから、私の触媒設計は表面とバルクが交互に回っていますね」

「厳しくなる自動車触媒へのニーズを見極めながら研究しています」

自動車触媒が登場したのは大気汚染が深刻になった1970年のことです。以来、性能の改善と改良が続けられてきました。その結果、今では数年から十数年の間メンテナンスフリーで機能し続ける安定性と信頼性を確立しています。

一方で、自動車の排ガス規制は年々厳しくなっており、低公害・高燃費のハイブリッド自動車や、代替燃料自動車などの開発が進められています。それに伴って排ガス環境も変わってきました。ハイブリッド化を進めると、排ガスの温度は低下します。一方で、触媒は高温雰囲気下に曝される可能性を考慮して、設計する必要があります。例えば、新規触媒として期待されているマンガン修飾六方晶の場合、低温での活性は優れていますが、900℃以上の温度では結晶構造が壊れて機能しなくなります。そのトラブルがたとえ10年に1度しか起こらないという希なことであっても、実用化することはできないのです。

こうした環境変化に触媒も対応させていくため、低温環境での触媒活性の向上が今後の課題となってきました。

「これまでに学んだ知識と経験を生かしつつ、田中庸裕拠点長をはじめとする先生方や学生さんと日々議論を交わしながら、厳しいニーズにどこまで対応できるか、着地点を探りつつ研究しています」

細川さんは晴れやかな一言を残して新たな挑戦に向かっていきました。

研究室で、スタッフの学生と語る細川さん。スタッフには全幅の信頼を置いている。

Profile

細川 三郎

Saburo Hosokawa

京都大学
学際融合教育研究推進センター
触媒・電池元素戦略研究拠点
特定准教授

2007年3月
京都大学大学院工学研究科博士後期課程を修了し、博士号取得。

2007年4月
京都大学大学院工学研究科 産官学連携研究員

2007年5月
京都大学大学院工学研究科 助教

2013年4月
京都大学 触媒・電池元素戦略研究拠点 特定講師

2015年10月
京都大学 触媒・電池元素戦略研究拠点 特定准教授

写真撮影:大島拓也 聞き手:福島佐紀子(サイテック・コミュニケーションズ)