インタビュー: 若手研究者に聞く 第4回

透過電子顕微鏡JEOL2000FXを操作するChenさん。
右上は転位の模式図。黄矢印で囲む部分は転位のコア、bはすべり=転位の方向。
右下はCo超合金の微細構造。

「私の研究の魅力!」

構造材料は地味に見えますが、自分の手で試料をつくり、装置を使って解析し、その結果を論理的に説明するまで、すべてのことが実験でわかるところが魅力です。そのうえ、どんなに頑張っても飽きることがない天井の高い分野なので、個人の成長を助けてくれます。

「京都の町が好きで、京大に入りました」

「京都の冬は暖かいな」
鴨川沿いに自転車を走らせながら、Chenさんはふっと故郷を想いだしていました。故郷は中国・北京。冬の最低気温は-10℃を超えます。
Chenさんが京都に来たのは今から7年前の北京航空航天大学3年のときで、交換留学生として立命館大学で学びました。卒業後、京都大学大学院工学研究科に入学しました。
京大に入ったのは京都が好きだったからです。生活や文化の歴史がしっかり根付いていて、東京や大阪のように速く走っていないところが性にあっていました。また、京大には自由な学風がありました。住まいは吉田キャンパスから2kmほどなので、通学にはもっぱら自転車を使っています。

留学を決めたのは京都に来てからですが、高校のころから日本語を独学で勉強していました。特に動機はなかったといいますが、いつかは日本に留学したいという思いがあったのかもしれません。
北京航空航天大学では材料科学工学を専攻しました。少年のころから工学に興味があり、実験装置をつくったりしていたので、ごく自然な選択でした。4年生で馬朝利教授の研究室に入り、軽金属などの物性物理を広く学びました。そして、大学院で進学した京都大学では乾晴行教授の研究室に配属され、金属や合金などの結晶性の材料の物性の研究を行うようになりました。

「転位の撮影がうまくいったときには嬉しさがこみあげてきました」

金属材料に外力を加えると、力を除いても元の形に戻らない変形が生じることがあります。この変形を「塑性変形」といい、特定の結晶面に沿って原子がすべることによって起こります。この動きは結晶面全体にわたって一斉に起こるわけではなく、「転位」という線状の結晶欠陥が動くことによって生じます。転位はごく普通に見られますが、その構造や動き方によって塑性変形の挙動が変化し、材料の力学特性を決めるファクターになっているのです。乾研究室では、結晶の内部にある転位組織と力学特性との相関を解明して、より高性能な構造材料の設計法の開発をめざしています。ターゲットの一つは金属間化合物です。金属間化合物は性質が異なる金属原子同士が規則的に配列している化合物で、原子がランダムに配列する合金とは異なるユニークな物性を示します。高い高温強度を有する「超合金」など多くの高温構造材料は、このユニークな物性に大きく依存します。
Chenさんが最初に手掛けたのは、材料の力学特性を測って、転位を評価するという研究でした。
「いま思うと初心者向けの材料だったのですが、転位をうまく観察することができずに苦労しました」
そのときの材料とは面心立方体(fcc:結晶をつくる単位格子の各頂点および各面の中心にあたる面心に原子が位置する)のような対称性の高い材料で、対称性が高いほど検討すべき要素が減り、解析は容易になります。
転位を観察するには、材料の金属を混合して合金をつくり、熱処理で微細構造を制御し、試験片を切り出します。この試料に常温・低温・高温と温度環境を変化させて圧縮や引っ張りを加え、塑性変形させます。結晶内部には転位が生じ、すべり面に沿って試料表面まで移動し、その積み重ねで段差ができます。そこで、まずは表面を光学顕微鏡などで観察して、すべり面を特定します。それから透過型電子顕微鏡で転位の組織を拡大し、転位がどのようなプロセスでできたのかを解析します。このとき、試料は電子線が透過できるほど十分に薄くしなければならず(~数十nm)、かつ転位の像に明瞭なコントラストを出すために、電子線が指定する原子面のみで回折するように、試料傾斜を正確に調整しなければなりません。包括的な結晶学の知識と辛抱強い実験操作が求められます。それだけに、転位組織がはっきりわかる写真が撮れると、ほんとうに嬉しくて、乾教授のもとに飛んでいきました。
また、L12型という規則構造をもつ金属間化合物の高温強度を調べました。fcc構造では格子頂点と面心に入る原子を区別することはありませんが、L12型構造では格子頂点と面心に入る原子は区別されます。たとえば、高温耐熱材料として使われるコバルト(Co)超合金では、一部のアルミニウム(Al)とタングステン(W)が、コバルト母相に溶け込んでいて、これらの元素が面心立方構造をつくっています(ガンマ相:γ)。一方、格子の頂点位置にはアルミニウムやタングステンなどが配置され、面心位置にはコバルトなどが配置されるL12型構造がつくられます(ガンマプライム相:γ’ )(下の図を参照)。原子が規則的に配列すると、転位がユニークな構造を示し、優れた高温強度をもつようになるので、L12型構造を有する金属間化合物は超合金を強くする「強化相」として機能しています。

転位組織の観察
①γ相もしくはγ’相の単結晶試験片を作成
②試料に外力を加えて変形させる。
③転位のすべり面をとらえる。
④転位組織を拡大して、変形機構を解析する

「研究と言葉のハードルは高かったですね」

Chenさんの研究は、修士のころはもっぱら強化相のデファクト特性の研究で、転位組織の観点から塑性変形のプロセスを解明し、これを基に添加元素が強度、特に高温強度に与える影響を予測しました。
博士課程では、γ/γ’ 二相超合金を設計し、その高温力学特性を調べて、実用化できるかどうかを評価するところまで研究を広げていきました。そして、L12-Co3(Al,W)を強化相とするCo基超合金の高温強度が、添加元素(NiやTaなど)の影響でどう変化するかを系統的に調べ、使用温度を向上させる指針を明らかにしました。この研究を博士論文としてまとめ、昨2019年3月に博士号を取得しました。
Chenさんはそれまでの5年間を振り返り、
「すごく長かったです。自分ではかなり頑張っていたのですが、研究のハードルが高く、また言葉の問題もあったと思います」
乾教授は、外国人だからといって分け隔てせず、厳しく指導しています。見解の違いをうまく表現できず、Chenさんは乾教授に激しく議論を迫ったことがありました。
「礼を失していましたが、しっかり受け止めてもらいました。こうしたことがあっても、諦めずに続けたことで、博士論文までやりきることができました」
そんなChenさんを乾教授はこう語っています。
「研究生、修士課程院生、博士課程院生、そして特任助教として一貫して構造材料の研究に携わってくれています。当初は言語の問題もあり苦労もしたと思いますが、最近では、透過電子顕微鏡を扱う技術も習得し、自分で研究計画を立てて研究を行えるように成長しています。Co基超合金やFe基超合金の研究で、より耐熱性を向上させるために元素戦略の観点から研究を引っ張ってくれています。今後の大いなる飛躍を期待します」

「武道に支えられ、教えられてきました」

Chenさんの研究生活にとって、乾教授のサポートは揺るぎないものでしたが、武道も大きな支えになりました。格闘技が好きで、中3のときからテコンドー道場に通い続けました。京都に来てからは、道場の指導員となり、日本テコンドー協会の審判を務めるまでになりました。また2014年9月に西五条で開催された演武を見て、中国武術(カンフー)に魅了され、拳法から始まって槍、太極拳、剣の指導を受けてきました。武術の技を広く習得するうちに、武術全般の共通性を考えるようになり、見えてきたことがあります。
「研究と武道は同じようなところがあると思うのです。ある現象について、なぜその現象が起きているのかという根源的な興味が大元にあって、その原因を考える。それがわかれば、次にどうしたらいいのかがわかります」
このような発想の転換が研究を進めるうえでも大きな力になっていたのです。さらに、Chenさんはテコンドーの指導だけでなく、研究の場での指導や教育を考えるようになりました。乾研究室では今、中国から来た4人の後輩が学んでいます。乾教授とのハイレベルのディスカッションで苦労したChenさんは、後輩たちとの間に入ってサポートするようにしています。また、研究内容を気軽に話せる環境をつくろうと、コーヒーブレイクや食事に誘って、楽しみながらディスカッションするように努めています。研究テーマはそれぞれ違いますから、Chenさん自身の視野を広げることにもなります。
留学生のLiさんは、こうしたChenさんの配慮に対して、
「実験や勉強にわからないことがあると、いつでも気軽に相談に乗ってくれます。おかげで、研究がスムーズに進められ、日々の生活も楽しんでいます」と感謝しています。

「“勘”ピューターに頼ってきた材料研究。シミュレーションへの期待」

Chenさんが研究してきたコバルト超合金は、今日広く使われているニッケル超合金を超える超高温耐熱材料の候補として2006年に提案されたものです。ニッケル超合金は航空機のジェットエンジンや発電用タービンとして数十年前から使われており、性能向上が図られてきましたが、限界に近づいていると言われます。ところが、コバルト超合金を実用化するために必要な課題、すなわち強度と「さび」への耐性の両立が難しく、最近では有望視されなくなってきました。
しかし、コバルト超合金の研究などによって、転位の観察法と、転位から物性を解析する手法は確立されました。今後は、未知の材料に対してその手法をいかに活用して物性を解明し、材料の強度を上げていくかという方向に向かいます。その一例として、L12構造を有するFe3Geを強化相とするFe基超合金の研究が進められています。Chenさんもハイエントロピーアロイ(High Entropy Alloy)などの新しい材料の研究に着手したところです。ハイエントロピーアロイは文字通り、数種類の異種金属原子を等量ずつ混合し、多種の原子が結晶格子に乱雑に振り分けられる(配置エントロピーが高いと言う)ことで安定な合金が形成されます。この合金は、低温で延性に優れ、高温で強度が低下しにくいなど、構成元素の合金では見られない数多くの優れた性質を示すことが、近年実証されていますが、従来の理論ではこれを説明できない新しい概念の材料です
こうした新しい物性をもつ候補材料はどうやって探しているのでしょうか。
「コバルト超合金もハイエントロピーアロイもシミュレーションの結果を参考にして開発されました。シミュレーションは有用ですが、実験してみないとわからないところがあります。材料の研究者には“勘”ピューターに頼る人がけっこう多く、候補材料を1つずつ試していくことも、今の段階では必要だと思います。ですが、勘は人に伝えにくいので、やはりシミュレーションや数式にして伝えていくようになるのでしょう」
今後の目標を尋ねると、
「転位がなぜ起こるのか、そのメカニズムについてはまだ十分理解されていません。ですので、転位についてさらに解析を進めていきたいと考えています。最終的には、任意の結晶構造に対して転位の観点から塑性変形挙動を解析できるようになり、実用化する材料の開発につながることが理想です」
言うまでもなく、武道も両立させて続けていくそうです。

院生をサポートして万能試験機で引張試験を行うChenさん。

Profile

陳 正昊

Chen Zhenghao

京都大学大学院工学研究科材料工学専攻
学際融合教育研究推進センター/構造材料元素戦略研究拠点ユニット 特定助教

2013年7月
北京航空航天大学材料科学工学専攻卒業

2014年4月
京都大学大学院工学研究科材料工学専攻に入学

2019年3月
京都大学で博士号取得

2019年4月
京都大学 学際融合教育研究推進センター/構造材料元素戦略研究拠点ユニット 特定研究員

2019年10月
京都大学 学際融合教育研究推進センター/構造材料元素戦略研究拠点ユニット 特定助教

写真撮影:大島拓也 聞き手:福島佐紀子(サイテック・コミュニケーションズ)