第4回元素戦略シンポジウム パネルディスカッション~産学連携研究新展開~

元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>最終フェーズ
「プロジェクトからシステムへ」

元素戦略拠点プロジェクトは大型研究施設との連携を進めながら8年間活動を続けてきています。その間、4研究拠点を核とした物質材料研究は、初期の材料探索のステージから始まって、実際の材料での機能発現メカニズムの重要性が認識され、その機能を発現する局所構造の実態が先端計測技術によって明らかにされ、その情報をもとに電子状態との相関の解明へ発展し、学理を構築してきました。プロジェクトは残り2年となり、これまでに得られたそれらの知的資産を将来の物質材料科学研究にどうつないでいくかが問われています。

この課題を受けて、本シンポジウム運営委員会長の福山秀敏元素戦略専門委員は、「プロジェクトからシステムへ」という指針を示しました。この指針に関して第4回シンポジウム2日目の2020年2月4にパネルディスカッションを開催し、パネリストの方々がそれぞれの立場で同様の課題に対してどう対応されてきたか、元素戦略としてどのように対応すればよいかのコメントをいただきました。

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シナジー効果をもたらす「システム」

福山(モデレーター)「プロジェクトからシステムへ」という指針が意図しているのは、シナジー効果をより強く創出して物質材料科学全体を推進していく「システム」に発展させる「場」を確立すべきではないかということです。プロジェクトの各拠点で生まれた研究成果それぞれは、個々の力です。拠点活動の力を横につなぐことでシナジー効果が生まれ、さらに大きな展開が期待されます。このような「場」がプロジェクトの8年間の活動で徐々につくられてきました。近年は、積極的にこの「場」をつくるための努力がいろいろなところでなされています。みなさんはこの「システム」に発展させる「場」構築の課題にどう対応されていますか。

高田私は2023年の完成を目指している次世代放射光計画に携わっています。次世代放射光はSPring-8の100倍の輝度をもち、元素を見るだけでなく化学状態まで見ることができるので、産業界を含めた多様な利用が可能になります。
この施設をいろいろな分野で有効に活用していただくため、新たに「コウリション・コンセプト」を打ち出しました。「コウリションCoalition」は「有志連合」という意味で、建設資金を出資した企業は、10年契約で施設を利用することができます。こうして生まれた持続的な利用環境の下で産と学の交流がはぐくまれ、コーヒーブレイクのコーナーのような「場」ができます。そこに集まったいろいろな部署の人からさまざまなアイデアが生まれる。また、産業界から出た課題に対して、学術の研究者が知識で答える。その知識が価値に変わっていく。学術の研究者はさらに、その課題から新しい概念、新しいサイエンスを引き出していく。こうしたサイクルが回ることで、産学のスパイラルアップが出てくる。これが「コウリション・コンセプト」の目的です。
コウリションのシステムが優れているのは、第一に出資企業はあらかじめ中長期的な課題を申請しておくことで、年間の施設利用は課題申請無しにしたことです。その結果、従来、利用制度で費やしていた多大な時間やコストを支払うことがなくなります。第二に、学界の研究者が企業の実験に加わることで、企業側としての研究リスクが下がることです。学界側も、企業とユニットを組むことで、施設利用のための時間やコストが無くなるメリットは大きく、産学連携のフィールドが広がります。

こうしたことはすべての施設や研究基盤でも言えることです。では、システムを紡ぐのは誰かというと、人です。コウリション・コンセプトを考えられるような人材を育てていかなければいけないと痛感しています。


次世代放射光施設の完成予想図

最先端技術の重点戦略実現には物質材料科学の革新が不可欠

福山内閣府で科学技術政策を担当されている高原さんのお考えはいかがですか。

高原まず、内閣府で取りまとめている統合イノベーション戦略2019をご紹介します。4つの政策、すなわち①Society5.0の社会実装(スマートシティの実現)、②研究力基盤の強化、③国際連携の抜本的強化、④最先端分野の重点的戦略の構築、が進められており、「最先端分野の重点的戦略の構築」にはAI技術、バイオテクノロジー、量子技術が挙げられています。私自身は量子技術に関わる戦略を所管していますが、これらの重点的戦略を実現できるかどうかの成否は、物質材料科学の革新が鍵になると言っても過言ではないと考えています。
内閣府ではさらに、この数年間、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」という数多くのプログラムを社会実装・普及させようとしています。これらによってSociety5.0の実現を図っていこうとしているのですが、個々のプログラムにおいても物質材料科学の革新とマテリアルデータの連携があってこそ発展していくものです。
では、次期科学技術基本計画に向けた現在のステータスはどうなっているのか。科学技術基本計画の第1期から第3期まで(1996年4月~2011年4月)は科学技術予算の拡充を進め、第4期(2011年4月~2016年4月)においては社会実装を重視するようになりました。そして第5期(2016年4月~2021年4月)ではSociety5.0を提言。科学技術によるイノベーションで立国し、人間を中心としながらサイバー空間とフィジカル空間を融合させていくという社会像を示しました。次の第6期においては、人間を中心にした持続性や多様性を包括した国家像を示していきたいと考え、検討を始めたところです。
このような時期にあって、基礎、応用、産業競争力を含む物質材料科学の基盤強化に向けた提言を期待しています。

AGCにおけるオープンイノベーション

福山続いて、企業における経営戦略を進めておられる平井さんにお願いします。

平井AGC株式会社(2018年に旭硝子株式会社から社名変更)でこの数年間取り組んでいるオープンイノベーションを紹介させていただきます。長期的な経営戦略においては、事業のカテゴリーを2つに分けており、従来からのコア事業、具体的にはガラスや基礎化学品、セラミックスなどの分野は、安定的な収益基盤と位置づけています。もう一方の戦略事業は新たに開発を進め、収益拡大を牽引する成長エンジンとなるものです。戦略事業としては現在、モビリティ、エレクトロニクス、ライフサイエンスの3分野に取り組んでいます。
では、戦略事業の実現のためにどのようなオープンイノベーションを行っているのかといいますと、2011年までは暗中模索の状態でした。この年、新たに社長直轄の組織(事業開拓室)をつくり、科学的な手法に転換しました。シリコンバレーのベンチャーキャピタルをモデルにした疑似ベンチャーをつくり、事業の種を育てて事業化してきました。私は初代の室長を務め、今に至っていますが、卒業させた新事業はかなりあり、それが今の戦略事業の3分野を形成しています。
また、M&A(買収・合併)を大きなツールとして取り入れました。かつては欧米への進出や事業の構造改革にM&Aを使ってきましたが、この10年間は新たな成長を目的として使っています。この数年の買収額はざっと1,000億円になりますが、買収事業の収益率は高く、M&Aは今後も成長エンジンとして期待されています。
新たな事業にも参加しています。内閣府の革新的研究開発プログラム(ImPACT:2014~2019年)では計算科学と構造解析を融合させて新しい材料開発に取り組み、従来の5倍の強度をもつタフポリマーの開発に成功しました。また2019年には、東大、東工大と連携してオープンイノベーション機構を活用した大型産学共同研究をスタートさせました。さらに、AGC内においても、オープンイノベーションの拠点となる新しい研究所の建設を進めているところです。

日本の材料科学研究の現状を見る

福山現役の研究者である細野さんにお願いします。

細野まず、日本の材料研究の現状はどうなっているかというと、世界をリードする磁石、電池、高温超電導、アモルファスシリコンといった研究を輩出したのは過去のことであり、最近の10年間で国際順位は大きく低下しています。では、今後どうなるか? 有効労働人口の急激な減少により、学会の正会員数はこのまま推移すれば今後5~8年の間に半分以下に減るでしょう。加えて、現状、31もある材料系の学会の会員は大多数が1,000人以下、海外会員は1%以下、それらの学界誌のインパクトファクターは2以下。学会の年次大会は主に修士論文の発表の場になっています。このままでは、ほぼ確実に先進国から脱落するでしょう。
もう一つの問題は、大学の研究が世の中で利用されている製品につながった例がほとんど見えていないことです。私が所属している東工大の例で、社会で利用されている最もわかりやすいものはフェライトで、TDKが製品化したのは1938年。今の学生にとってはおとぎ話なのです。社会で利用される製品になる研究がどんどん出てこないといけないのですが、今の学生やポスドクの目標は、インパクトファクターの高い『ネイチャー』『サイエンス』のようなジャーナルに論文を出してJSTのCREST、PRESTOに採択されることなのです。
次に、「世界の潮流に合わせるだけでいいのか」ということを考えてみたいと思います。そもそも、世界の潮流というのは科学や技術の自然の流れで決まるものです。ナノテク、マテリアルズインフォマティクス(MI)、そしてインパクトファクター(IF)。これらで日本は勝てるのかといったとき、世界の潮流と日本独自の潮流とは峻別しなければいけないと考えます。大きな成果は、実はその成果が発表されたジャーナルのインパクトファクターでは決まっていないのです。ガリウムナイトライド(窒化ガリウム)でもアモルファスシリコンでも、最初の論文は特にIFの高い論文誌ではありませんし、サイテーションはたかだか1,000回程度です。それでも10兆円の産業をつくりました。ネオジム磁石にしても磁性材料のプロシーリングス(JAPの特集号)でした。また、MIがもてはやされていますが、MIは高次構造のようなエネルギー差が小さくて理論的研究が難しかったテーマで威力を発揮するでしょうが、物質・材料研究においてジャンプを要する研究成果の創出は現状では難しいと思います。

優れた研究者が育つ条件とは?

細野では、将来に向けてどう対応していけばいいのか? 先ほど高田さんが提案されたように、私も人がすべてだと思います。優れた研究者が育つための三つの課題を提起します。
一番目。過去の事例を見ると、若手が伸びる研究環境には三つの条件があります。第一は魅力的課題。社会的インパクトが大きく、未開拓でワクワクする領域。第二は開放的で自由な討論ができる学会。その学会で、下克上がまかり通ることが第三の条件です。若手であっても、成果を出した人が力をもつ自由な環境です。


細野教授が提案する「優れた研究者の育つ条件」

具体的な提案としては、第一にファウンディングの期間を延ばすことです。今のプロジェクトは5年間が多いのですが、若い人を育てるには最長10年は必要です。
二番目に、日本のジャーナルの問題があります。日本のジャーナルの被引用数も向上させる必要が出てきています。このような問題に対して、中国は『Science Bulletine』という雑誌をつくり、インパクトファクターを6を超えるくらいまで上げています。中国内の研究費の申請時に、10~20%は中国発のジャーナルを引用することを必須にしたからです。日本でもこのくらいの転換が必要です。
第三に、博士課程の学生が自活できるように給与(TA、RAとしての雇用を含む)を支給することです。先進国の中で理系の学生に給料を出していないのは日本だけです。学生を育てなければ、プロジェクトの発展も望めません。
第四に、知財戦略の本格的な推進です。イノベーションの担保は知財と言いながら、国際特許を取るための仕組みを構築している大学はわずかです。JSTの知財センターなどを活用した組織的な対応が必要です。
最後の五番目に、日本が主催する分野横断型のレベルの高い国際会議の存在です。そのような会議をつくろうという議論を学術会議で続けてきました。それを企画することになり、Materials Research Meeting 2019(MRM2019)を 昨2019年12月10~14日に横浜で開催しました。予想以上の参加者(1,805人。内、海外から307人)が集まり、物性物理分野を包含した学会の新結合ができました。今年も開催しますので、ご協力をお願いいたします。

組織対組織のコミットメントがプロジェクトを動かす

福山ありがとうございました。4人のパネリストの方にご意見をいただきましたので、これを踏まえて会場からご意見をうかがいます。

高尾(元素戦略プロジェクト専門委員)私は企業から大学に移り、大学のマネジメントに携わり、現在は次世代放射光のプロジェクト委員をしています。今回のシンポジウムでも「コミットメントがないと連携ができない」という議論がありましたが、組織対組織のコミットメントがあればマネジメントもうまくいくことが、平井さんや高田さんの話からも分かります。一担当者レベルでは産学連携はできません。
材料科学はまさにそうで、研究開発自体が産学連携であり、担当者がやりたいと思っても、トップがコミットメントを出さないと動けない。結果も評価してもらえません。ですから、システムというのは組織対組織と言い換えたほうがいいのではないかというのが私の提案です。

福山個人ではなく組織としてプロジェクトを進めるということでは、本シンポジウムにおける産学連携セッションで東京大学の田丸さんが紹介された先端レーザー加工のコンソーシアムTACMIが印象に残っています。もう少し詳しくご紹介いただけますか。

田丸(東京大学)TACMIでは複数の国家プロジェクトが連携しています。次世代レーザーの学理研究、次世代レーザー加工のための光源の開発、そしてシステム開発で、各プロジェクトを結んでいるのはデータです。
高田さんのお話には、プロジェクトとしてどう進めたらよいのか課題になっていることが網羅されていて、共通の課題だと感じました。高尾さんの組織対組織でという進め方もまったくその通りで、大きな課題を決めるときには、研究機関ではPIが、企業では研究所長あるいはCTOと議論します。

トップからボトムまでを含めたコミュニケーションの場を

田丸一方、コンソーシアムをうまく回していくための対応も考えました。コンソーシアムに入会する際の手続きは、当事者である技術担当部署の判断でできるように敷居を下げ、装置を使う際の費用は部署の決裁でできるようにしました。装置を利用した結果を示して、共同研究やプロジェクトへの参画等の次のステージに進むための議論を社内で通しやすくする仕組み作りをしようと、懸命に取り組んでいるところです。

福山今の点について、高田さんはどう考えられていますか。

高田実は私もそのようなことをやっています。トップだけを相手にするのではなく、1つの会社で4、5回講演して、現場の若手まで全員に聞いてもらいます。そのときには契約や出資の話はしないで、フィージビリティスタディとしての議論を行い、コウリション・コンセプト参画への意向表明だけをしていただくようにしています。
コウリションには現在70社以上が参画していますが、半分くらいは放射光未経験の会社です。ですから、可視化できますという説明だけでは、トップダウンで理解してもらうのは難しい。ボトムアップとどうミックスし、インセンティブメカニズムを設計し、システム化を考えていかないといけない。そのためのマネジメントボードはまだできていませんが、システム化を考えるとき、成果基準を明確にする必要があります。私は「放射光ごっこはやめましょうね」と言っていて、ゴールは知財に設定する。そして、ビジネスとしてはISOの認証を取るような競争をしましょうと強調しています。

福山研究活動のいちばん大事なボトムのところまでアピールするということですね。そのようなコミュニケーションの場がどれだけあるかで、今の議論に挙がった方針決定の適格さと速さが決まるのではないかと思います。日本の物質材料科学研究をこれからどう進めていくかという課題を考えたとき、そのような階層の違いを含めて、俯瞰的な観点からの場のつくり方が必要になりますが、内閣府で国全体を見ておられる坂本さんのお考えは?

若手を既存組織から解放し自立させて育てる

坂本(内閣府)お話をうかがっていて、「プロジェクトからシステムへ」のシステムのキーワードは、「新結合」だと思っています。日本がいま苦しんでいるところの多くはサイロ(silo)構造と短期的な視野です。個々の組織なりコミュニティが閉じているため、最適な経営や研究戦略、最適な人材育成ができず、日本の総合力を失わせています。
この被害を受けているのは若手です。若い人を育てないと、国もコミュニティも持続的に発展しません。持続的成長。それは若い人をいかに解放して、自立させながら育てるかです。これは生やさしいことではありません。育てていかなければ日本は立ち行かないということを、システムの目標としてぜひ掲げていただきたい。

福山システムを「育てる」ためにはわれわれ自身が「育つ」必要があるのですね。その大きな目標達成には、誇張して言えば“組織を一度潰して根本から考え直す”くらいの発想が求められているということでしょうか。

玉尾革新的な組織や体制をつくるべきだということは、多く方が考えておられると思うのです。ですが、一気に進めることは現実的ではありません。実績を積んでいきながら、進めていく。その意味では、元素戦略プロジェクトは革新的な組織や体制をつくる準備段階になっており、そのために国際評価も受けています。
また、組織や体制をつくるための戦略はときどき立てるものではなく、持続的にやり続けていくことが重要です。

福山本日は有意義な議論ができました。パネリストと会場からのご発言をありがとうございました。

パネルディスカッション出席者

モデレーター

福山秀敏

Hidetoshi Fukuyama

東京理科大学教授/元素戦略プログラム運営委員会専門委員

パネリスト

高田昌樹

Masaki Takata

東北大学教授/光科学イノベーションセンター理事長

高原 勇

Isamu Takahara

内閣府大臣官房審議官(科学技術・イノベーション担当

平井良典

Yoshinori Hirai

AGC専務

細野秀雄

Hideo Hosono

東京工業大学教授/元素戦略プロジェクト電子材料拠点代表研究者

会場から参加

高尾正敏

Masatoshi Takao

元素戦略プロジェクト専門委員/次世代放射光プロジェクト委員/元大阪大学/元パナソニック

田丸博晴

Hiroharu Tamaru

東京大学特任准教授

坂本修一

Shuichi Sakamoto

内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付総括参事官

玉尾晧平

Kohei Tamao

豊田理化学研究所/
元素戦略プロジェクト・プログラムディレクター