研究拠点ハイライト 構造材料領域 「強さ」と「ねばさ」を具備する構造材料の創製
-元素戦略研究拠点(ESISM)の挑戦-

  • 構造材料で「強さ」と「ねばさ」の両立をめざす
  • 常識を覆す力学特性を合金元素に頼らずに導く
  • 材料の変形についての新しい学理を開拓

転位メカニズムへの挑戦

通常の金属材料に大きな力が加わると、力を除いても元の形に戻らない「塑性変形」を起こします。金属材料の塑性変形は、結晶中に多数存在する「転位」と呼ばれる原子状の欠陥が活動することで引き起こされます。転位の運動・増殖を促進すれば塑性変形が容易になるため延性(ねばさ)が現れ、逆にうまく抑制すれば塑性変形が困難になるため強度(強さ)が増します。したがって、強さとねばさはトレードオフの関係となることは常識で、転位メカニズムの宿命と考えられてきました。
これまでの多くの研究では、強さとねばさのバランスをとるため、さまざまな合金元素を添加することが行われてきました。私たちは、転位メカニズムの宿命という固定概念を打破して、合金元素を添加することなしに、組織制御によって革新的な構造材料を創出する、そのための学理構築をめざしています(図1)。

バルクナノチタンにおける特異な現象

これまでの研究では、「バルクナノメタル」という材料に着目してきました。普通の金属材料が10~100μm強の結晶粒径からなる多結晶体なのに対して、バルクナノメタルは結晶粒径を1μm以下にした、いわば粒界だらけの金属材料です。一般にバルクナノメタルは、粗大粒径の多結晶体に比べて高い強度を示します。例えば純粋なアルミニウムであっても、うまく組織制御すると鉄並みの強度になります。それでも、転位論の呪縛からは逃れられず、粒径を小さくすることで強度は上がっても、延性はほとんど失われてしまいます。
ところが、この問題を克服できる場合があることがわかってきました。ある種のバルクナノメタルでは、従来の転位メカニズムとは異なる塑性変形を起こすのです。その場合には、粒界において、特殊な転位や双晶、相変態に成長するような特異な原子の集団運動が生じることがわかってきました。これを私たちは「変形子」と呼んでいます(図2)。これをうまく制御すると、強度と延性が両立できます。工業用純チタンで粒径21μmと1μmの試料をつくって比較したところ、1μmの粒径では強度が2倍近くになり、延性もそれほど劣らないという結果が出ました(図3)。これは旧来の転位論ではまったく説明できない現象です。

最先端の実験と理論計算技法を駆使して研究を展開

バルクナノチタンの中で何が起こっているのか、原子レベルで調べました。チタンのような六方晶金属では、結晶学的な方位に応じて、転位が分類されます。バルクナノチタンを圧縮変形させた後に電子顕微鏡観察すると、通常のチタンの変形では見られない特殊な転位が多数活動していることがわかりました。これが、バルクナノチタンにおける延性向上を担っているのです。同様の研究をチタンと同じ六方晶のマグネシウムについても実施し、粒径を制御することで、強度と延性をバランスさせることに成功しました。
そのほかにもさまざまな解析評価実験を行っていますが、とりわけJ-PARCによる中性子回折実験では重要なデータを得ることができています。中性子では、変形中の試料の内部までを見通すことができるため、加工熱処理に伴う相変態や双晶形成など重要な情報が得られます。
理論計算では、第一原理計算により、塑性変形にともなう原子の集団運動を格子振動の観点から解析することや、大規模な分子動力学シミュレーションで変形子形成の素過程を解析し、大きな成果を上げています。

図1 転位メカニズムの宿命への挑戦

図2 バルクメタルと変形子の粒界核生成

図3 バルクナノチタンにおける強度と延性の両立

田中 功

元素戦略構造材料研究拠点代表研究者
京都大学大学院工学研究科

連携機関:

東京大学、大阪大学、物質・材料研究機構、九州大学
経産省 ISMA、内閣府 SIP

参考文献:

  • [1] Y. Z. Tian, et al; Sci. Rep., 5, 16707 (2015).
  • [2]J.Y. Zhang, K. Kishida and H. Inui; Int. J. Plasticity 92 45 (2017).
  • [3] A. Togo, and I. Tanaka; Scr. Mater., 108, 1 (2015)【被引用数 535】

関連Web: