電子材料領域
プロジェクト名:科学研究費補助金 特別推進研究 「超高圧力下の新物質科学:メガバールケミストリーの開拓」
高圧下における硫化水素の高温超伝導相の結晶構造を解明 ~室温で電気抵抗ゼロになる物質の探索に向けて~- 計測
- 硫化水素において200Kという高温超伝導相の結晶構造を解明
- 制約の多い超高圧下での測定を実現
- エネルギー問題解決の糸口となる室温超伝導体の実現への一歩
200Kの超伝導体の発見
物質を冷却したときに電気抵抗がゼロになる現象を「超伝導」といいます。超伝導体となった物質を送電線として使用すれば、電気をロスなく運ぶことができるため、エネルギー問題の解決に貢献することができます。
しかし、超伝導を発現するには、物質を非常に低い温度に冷却する必要があります。室温の超伝導体の発見および生成は、物理研究者を長く魅了するテーマです。
近年、硫化水素(H2S)は150万気圧の高圧力下において、200K(約-70℃)という高温で超伝導体になることが報告されました。この高温超伝導の機構を解明し、さらに高い超伝導転移温度を示す物質を探索していくためには、高圧力下の硫黄水素化物の結晶構造の情報は必要不可欠です。現在、世界中でこの超伝導の再現実験や結晶構造の研究が行われていますが、超高圧発生などの実験的な難しさのために研究が進んでいませんでした。
超伝導相における硫化水素の結晶構造を解明
われわれは、大型放射光施設SPring-8の高圧専用ビームラインBL10XUを用いた結晶構造回折と電気抵抗による超伝導検出などを同時に行い(図1)、超伝導相の結晶構造を明らかにしました。
実験では、H2Sと硫化重水素(D2S)を用いました。ダイヤモンドアンビルセルにより150万気圧まで圧縮した試料を10Kまで冷却し、その冷却過程における電気抵抗をモニターし、超伝導転移(抵抗ゼロ)を約180Kで観測しました。
同時に収集したX線回折データから、H3Sの形成を示唆する硫黄がbcc位置に配置した構造を示しました(図2)。この構造は、理論予測されたR3mとIm-3m構造とよく一致したが、同時測定した電気抵抗の圧力依存性をもとにIm-3m構造が200Kの超伝導相であると結論づけました。また低温下(10K)と室温下において結晶構造に違いは観察されませんでした。硫化水素H2S分子が高圧下でH2Sに構造変化し、このH3Sが超伝導を示していることを世界で初めて明らかにしました。
また、同時に計測した超伝導転移温度の圧力変化から、超伝導相には2つの構造があり、その2つは理論計算で予測されていた六方晶構造のH3Sと立方晶構造のH3Sであることがわかりました。
500万気圧を超える超高圧で固体金属水素には室温超伝導が予測されていますが、水素貯蔵合金や炭化水素などの水素を多く含む水素リッチな系の高圧状態においても、水素由来の超伝導が期待できると考えられます。今回の結果は、他の水素リッチな系においても、より高い高温超伝導の可能性を示唆しているといえます。
清水 克哉
大阪大学 基礎工学研究科
附属極限科学センター
連名者(共著者)
榮永茉莉、中尾敏臣、坂田雅文(大阪大学大学院 基礎工学研究科 附属極限科学センター)、大石泰生、平尾直久(公益財団法人高輝度光科学研究センター)
参考文献:
- [1] A. Drozdov et al., Nature 525, 73 (2015).
- [2] M. Einaga et al., Nature Physics, 12, 835 (2016).
- [3] Duan et al., Sci. Reports 4, 6968 (2014).