構造材料領域
アトムプローブを用いた鉄鋼中のトラップ水素と
粒界偏析ボロンの直接観察
- 計測
- 3次元アトムプローブ技術の高度化でナノスケール元素可視化
- 鋼中の水素可視化、ナノ析出物の水素トラップサイトを提案
- ボロン(B)添加鋼の粒界偏析挙動と焼入性の相関を定量解析
不均質な鉄鋼材料を原子レベルで解析する
鉄鋼は多くの結晶欠陥を含む不均質な材料であり、結晶欠陥周囲で生じる合金元素や不純物元素の偏析、分配、析出がその特性に大きく影響します。だからこそ、局所領域の元素分布を定量解析できるナノスケールの解析法が求められています。
水素脆化機構解明のための水素直接観察
鉄鋼表面から侵入した水素が鋼中の欠陥やひずみに集積し、欠陥を発生したり、転位を助長したり、粒界結合を弱めるなどして破壊を引き起こすことがあります。鋼中の水素挙動を理解し水素脆化を防ぐためにも、鋼中の水素を原子レベルで直接観察する技術が求められていました。
3次元アトムプローブ(3DAP)はH、B、C、Nのような軽元素から重元素まで優れた検出下限(~10at.ppm)で測定できる方法です。しかし、観察領域が非常に小さいことや、バックグラウンドの水素が多いことなどの技術課題を抱えていました。
そこで、観察したい領域を針先に着実にもってくる加工技術を開発したうえで、装置内で重水素を針試料にガスチャージし急冷する方法を開発し、トラップ水素を3DAPで可視化できるようになりました。この測定法を使って、TiC析出鋼のTi、重水素(D)の位置を測定しました。ナノサイズのTiC板状析出物の正面と側面からの観察結果から、水素トラップ位置は板状TiCのブロード表面全体で、1析出物あたり10原子ほどだとわかりました(図1)。また、3nm以下の微細な板状TiCの周囲には重水素は観察されませんでした。これより、TiCの深いトラップサイトの起源は①ミスフィット転位芯、または②TiCブロード表面の炭素空孔のいずれかだと推定しています。
ボロン(B)粒界偏析解析で焼入性向上をめざす
鋼を高強度化するためには焼入れ(鋼の製造時に高温から高い冷却速度で冷やすこと)によって硬質なマルテンサイト組織をつくりこむことが重要です。しかしながら、厚い鋼板では板厚中心部の冷却速度が低くなるため、マルテンサイト組織を得ることが困難となります。Bは、鋼に極微量(数ppm)添加することで、焼入れ時の冷却速度が低くてもマルテンサイト組織を得やすくなる(焼入性向上)効果を有するため、厚い鋼板の高強度化において重要な元素です。しかしながら極微量のBの存在状態を検出することは難しいため、Bの焼入性向上機構は不明な点が多く、安定してBの効果を得ることが難しいという問題がありました。
マルテンサイト変態前の旧オーステナイト粒界を針試料に加工する技術を開発し、10ppmB添加鋼に適用し、Bはラス界面やブロック境界には偏析せず、旧γ粒界にのみ偏析することがわかりました(図2)。Bの偏析挙動と焼入性を定量的に調べてみると、冷却速度を上げるとともにBの偏析量が減少しました。これより、拡散律速での平衡偏析によって偏析量を予測できること、そして、析出が生じない場合においては、焼入性はBの偏析量と相関があるとわかりました。
高橋 淳
新日鐵住金株式会社
連名者(共著者)
川上和人・小林由起子・石川恭平(新日鐵住金株式会社)
参考文献:
- [1] J. Takahashi, K. Kawakami, Y. Kobayashi, T. Tarui; Scripta Mater., 63, 261 (2010).
- [2] J. Takahashi, K. Kawakami, T. Tarui; Scripta Mater., 67, 213 (2012).
- [3] J. Takahashi, K. Ishikawa, K. Kawakami, M. Fujioka, N. Kubota; Acta Mater., 133, 41(2017).