マテリアル研究のこれから

─デジタルトランスフォーメーション(DX)
を利用した材料開発─

デジタル化が進展する中で、データ駆動型研究の進展による材料探索空間の拡張やAIツール群の活用が求められるなど、マテリアル研究は変革期を迎えています。文部科学省は「元素戦略で構築された学問分野の再編成、連携協力のアプローチをベースに、マテリアルをユースケースとした研究DXプラットフォームの開発」を加速しています。
こうした背景を受けて、本シンポジウムでは「マテリアル研究のこれから─デジタルトランスフォーメーション(DX)を利用した材料開発」をテーマにした総合討論の場を設けました。マテリアルの各分野から10人のパネリストが参加。DXへの期待と将来への課題、DX活用の現状を紹介していただき、それを踏まえて意見交換を行いました。

1.DXの活用で研究活動はどう変わるのか

福山(モデレーター) 表題のテーマについては、本日の午後の部で3人の方の基調講演と、3人の方のポジショントークを伺い、DXを活用した研究の現状を紹介していただきました。まずは、その方々に将来への期待と課題をメッセージとしてお話しいただきたいと思います。最初に細野さんから、「世界に勝てる日本の材料研究」についてお願いします。
細野 日本の材料科学が世界に存在感を示したのは、1980年代における銅酸化物高温伝導体とアモルファスシリコンの研究です。これらの研究は社会的インパクトが大きく、世界に立ち迎える優れたリーダーの下、人材を育てる基盤ができていました。そして2012年に始まった元素戦略プロジェクトでは、世界共通で整備されたナノという基盤に立って革新的な物質材料を開発するという日本固有の戦略が打ち出されたのです。
そして今、日本のMDXは周回遅れと言われています。挽回するには戦略が不可欠です。大テーマはSDGsですが、若者を魅了するフロンティアの開拓がなければできません。具体的には、融通無碍な研究体制とファンディングが必要です。そのよい例が冬季オリンピックで日本が活躍したパシュート競技。個々の選手は世界3位以内でなくても、たがいの位置を変えながらスピードを上げていき、チームとして勝つ。日本の材料研究における戦略もチームプレイだと思います。優秀な分野はあるのですから、必要に応じてそれらが有機的なチームをつくっていく。このチームは持続させるのではなく、役割が終わったらすぐに解散する。「臨機応変」「ヘテロ」がキーワードです。また、学会も分野横断型で、高レベルを求められます。そのときに、Materials Research Meeting(MRM)を利用していただけるとありがたいです。
研究に対する「評価」も大切です。インパクトファクター(IF)だけでなく、波及効果を見る。もっと重要なのは有効な知財を取ることです。日本が論文数では世界10位くらいでも知財収支バランスがとれているのは、企業が有効な知財をもっているからです。有効な知財をどのようにして取るか、どうやって儲けて資金を回収するか。これが今日の議論でいちばん欠けているところです。それをやらない限り、研究者はお金を出す政治家や国民から信用されないでしょう。
福山 ありがとうございました。それでは次は、「マテリアルデータプラットフォーム構想」について、橋本さんにお願いします。
橋本 情報科学を活用した物質材料研究は、データを創る、データを貯める、データを使う、の3つから成ります。データを創るところは、文部科学省事業「マテリアル先端リサーチインフラ」が2021年から始まりました。データを貯めるところは、NIMSが「マテリアルデータプラットフォーム構想」に5年前から取り組んでおり、日本全国のデータを貯めるクラウドサーバーをつくっているところです。また、データを使うところは、文科省が元素戦略の後継プロジェクトと位置付けている「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト」が来年度から本格的に動きだします。
昨2021年、NIMSではデータ駆動型研究の成果事例を加速するため、「新分野研究加速プラン」を新たにスタートさせました。公募対象は材料研究にデータ駆動型手法を新規に導入もしくはすでに導入している研究者とグループです。昨年は30件弱の応募があり、10件を選びました。そして、半年間の結果を見て、ほんとうに驚きました。ほとんどすべてで予想以上の成果が出ていたのです。
データ駆動型研究の価値は使ってみるとよくわかります。さらに、使うことによって新たな知恵が生まれ、新たな取り組みが出てきますから、雪だるま式にこの分野の研究が加速し、研究者の数も増えていきます。このような方式は、これから始まる元素戦略の後継プロジェクトの有力なツールにもなるだろうと考えています。
福山 ありがとうございました。次は江頭さんに「文科省の具体的な活動目標」をお願いします。
江頭 文科省では、DXを研究の分野で積極的に推進していくにあたって、具体的な活動目標を立て、効果を予想しながら進めています。例えば、「仮説検証」型アプローチから「仮説探索」型への進化。「仮説検証」型がデータの解析と解釈に使われてきたのに対し、「仮説探索」型では、どうすればアプローチを拡大できるか、次はどこに着手すべきかまで探索しますから、アプローチが速くなり、幅も広がりました。
また教育についても、「データ駆動型教育」が全国規模で進められており、大学や高等専門学校生から始めて、最終的には小中学生にもAIの基礎授業を行う計画を立てています。
DXの負の側面、たとえばIT大手によるデータの「総取り」や、ウェブによるコミュニケ―ションが対面と比べて問題とされる点についても対策を講じていきます。もっと重要になるのは、データ駆動型の研究や教育を支える人材を増やしていかなければいけないことです。研究者だけではなく、メタデータを整理して作成していく人、分析する人が不可欠になります。そういった人材育成につながる予算を増やして、DXの環境づくりに取り組みつつある状況です。
福山 どうもありがとうございました。続いて石川さんには、「大型放射光研究施設でのデータ活用」についてお願いします。
石川 SPring-8とSACLAでは、不均一素材による実機能素子を実時間・実空間で評価する計測手法の確立をめざしています。具体的には半導体素子から社会インフラまで非常に幅広いものが対象になり、劣化や破壊の起点と進行をナノレベルで突き止めることは基礎学理、応用研究の両面で重要です。さらに、「モノはなぜ壊れるのか」がわかれば、「壊れる過程」を設計することも可能になるのではないかと考えています。
データ一般については「オープンデータ」が議論されていますが、完全にオープン化するとは考えられません。セミオープン化し、その中で理解・解釈するという環境が日本全国に広がっていくのではないかと考えています。また、「データ・マーケット」についても検討しています。SPring-8の放射光データが欲しいという要望は大きいのですが、そのデータを自分で測定しに来るかというとそうではなく、データを売ってくれないか、ということです。この問題は産業界のデータがオープンにならないという状況と関連しており、ある程度のマーケットができてそこでデータが流通するようにならないと実現しないと考えています。まずは、マーケットをつくることに意味があるのかどうかを検討していきます。
福山 どうもありがとうございました。続いて高田さんに、「次世代放射光施設」についてお願いします。
高田 次世代放射光施設はまだ建設中ですが、そこには産学が集い、情報、データ科学、AIをはじめとする多様な分野が加わります。各分野のプレイヤー間はデータによる循環でつながれ、新たなシステムが構築されます。このシステムは放射光施設をエンジンにして、異分野の連携と融合を促進する「イノベーションエコシステム」になると期待しています
課題は他の放射光施設とのデータの共通化です。施設によって可視化される像は異なりますが、多様な計測データを集めて解析することによって機能を見ることができます。このときに活用されるのがDXです。さらに、データ・マーケットというお話がありましたが、次世代放射光施設では、デジタル空間にエコシステムを実装する「コアリション・モール」の検討も進めているところです。
福山 どうもありがとうございました。それでは射場さん、「モビリティの材料開発」についてお願いします。
射場 MDXを使っている一例として、X線プロファイルに基づいた材料マップを紹介しました。材料群全体の俯瞰ができるので、品質のばらつきや劣化度を評価する内挿問題に強力なツールとなり、すでに活用事例が出ています。新材料やチャンピオンデータはまだ出ておらず、成功事例を出したいところです。成功事例が挙がれば、続いていくでしょう。そのためには、思い切った条件で実験をする。ノーベル賞研究でもよく言われることですが、「失敗したときに新材料が生まれる」。これをMDXでどう再現するか。そういったことを考えながら実験と解析の連携を進めていく。最終的には、実験研究者の経験と直観が必須になります。MDXはそのための支援ツールという役どころでしょうか。
福山 どうもありがとうございました。これで、基調講演、ポジショントークをしていただいた方々のお話は終わりました。次いで、「計算科学の立場」から常行さんにメッセージをお願いします。
常行 そもそも、DXという言葉を完全に理解できているだろうかと考えるのですが。よく似た言葉に「デジタリゼーション」(アナログデータをデジタル化する)、「デジタライゼーション」(プロセスも含めてデジタル化する)があります。それに対してDX、デジタル・トランスフォーメーションは、個別研究を超えて、もっと広い範囲で影響を及ぼすようなデジタル化を指しているのだと考えています。ポイントは、異なる手法のデータが相互利用できるところでしょう。
では、これからの「富岳」、ポスト「富岳」でDXはどう活用されていくのか。計算科学の研究者としては逆説的な言い方になりますが、まずは実験データをいかに活用していくかが重要になります。計算シミュレーションだけに頼るのではなく、実験データとうまく組み合わせる。そのための手法として「データ同化」がありますし、CPS(サイバー・フィジカル・システム)により計算空間と現実空間をつなぐことも可能でしょう。この計算+実験+データ科学という難問を解決するポイントは、データとはある目的のために集めたものを他のところでも使えるところで、そこを共有できる世界をつくることです。実験の素人でも実験データを計算に生かすことができて、また異なる実験同士でもデータを共有できるような環境をつくることが重要だろうと考えています。

2.研究現場でDX化は始まっているのか

福山 どうもありがとうございました。これで基調講演、ポジショントークをいただいた方々からDXをどう活用していくか、当面の目標をお話しいただきました。次に、現在、DXを使ってどういう研究をされているかをご紹介ください。まずは「マテリアルインフォマティックス(MI)」について、常行さんにお願いします。
常行 データ科学を使った材料研究は今、本当にいろいろなところで行われていて、道具として普及が始まっていると思います。使い方も多種多様で、新しい材料を開発するためだけでなく、実験・計測データの解析に、大型実験施設では多次元のデータの自動解析に、そして計算科学ではシミュレーションの高度化、高速化のために使われています。さらに、実験・計測を計算とうまく組み合わせるため、データ同化という研究が新たに加わりました。
その中で、例えば計算機シミュレーションの高度化・高速化では、機械学習ポテンシャルが最近非常に広まってきています。材料研究には階層があって、原子・分子のレベルからナノ構造、実際の材料となるマクロやメソの構造まで、スケールが異なります。この中で、原子・分子レベルはかなり成熟しており、シミュレーションでいろいろなことがわかってきました。ナノ構造についても、実験と計算の手法が急激に進展しています。対して、マクロ・メソ構造の研究は「高次構造」とも呼ばれ、難航しています。例えば、このスケールでの不均質な構造は、材料として使う段階で問題となるケースが多いのですが、実験と計測をうまく組み合わせる実験的研究も難しい状況でした。
そこに登場したのがAIでした(図1)。

[図1]

データ科学的な手法の導入によって、従来の計算科学では扱えなかった数万原子という大きな規模の構造揺らぎ、密度揺らぎをシミュレーションしたり、イオン伝導体の中のイオンの伝導体を100ピコ秒という長時間でシミュレーションしたりすることができるようになったのです。これはMIの一つの側面で、さらに大量の実験データ、計算データを組み合わせていく先に、DXの世界が開けていくのだろうと考えています。
福山 どうもありがとうございました。続いて「構造材料」について、毛利さんにお話しいただきます。
毛利 私は現在、科学技術振興機構「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」プロジェクト(戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期)のSPDを仰せつかっています。このプロジェクトでは、構造材料を対象として、いわゆるPSPP(プロセシング、ストラクチャー、プロパティ、パフォーマンス)の整合的な連結を行う順解析と、逆に欲しいパフォーマンスあるいは欲しいプロパティを実現するためにはどのようなプロセシングが重要かを同定しようという逆解析を一つのシステムに統合しようとする、MIシステムの開発を行っています(図2)。

[図2]

PSPPの連関の中で特に重要なのはストラクチャーとプロパティです。ここで言うストラクチャーとは金属合金の多様な内部組織あるいは微細組織のことで、プロパティとは強さと粘さを兼ね備えた強度特性を実現するということです。もちろん、このような材料の設計・制御を行おうとすると製造プロセスに関する取り組みが重要になりますが、ここではプロパティとしての強度特性に焦点を絞っています。
私自身は第一原理計算の研究者ですが、その立場から見ると、多くの実験観察、データ処理、計算シミュレーションは内部組織の形状や分布といったシェイプ・ファンクションに集中しています。今後、より高い精度で内部組織と特性を結びつけていこうとすると、シェイプ・ファンクションに伴う微細組織、ストレインの情報を取得し、それを電子化していく必要があるでしょう。固溶体や析出物に伴うひずみについてはすでに定式化されており、内部組織に加えて内部組織に付随するストレインのデータを重層化していくことが重要であろうと考えます。
福山 ありがとうございます。続いて、「電気化学エネルギー変換デバイス」について、魚崎さんにお願いします。
魚崎 「電気化学エネルギー変換デバイス」というと聞きなれないかもしれませんが、水電解、蓄電池、燃料電池など、化学エネルギーと電気エネルギーを直接変換するデバイスです。その研究が始まったのは19世紀初頭ですが、化石燃料の時代には脇役でした。21世紀に入って、自然エネルギーによる循環型社会の心臓部となり、高効率、高選択性、長寿命、資源制約などの多様なニーズに応じて、DX化による研究の加速が求められています。
これに対して、データベース、機械学習、ロボット実験などを使って大量の物質から最適材料を高速探索するという高機能材料探索がいろいろなプロジェクトで進められ、かなりの成果があがっています。その一例がNIMSの電解液探索です。またJSTのALCA-SPRING(アルカ・スプリング)では、全固体電池の固体電解質の材料探索を既存の実験データ、文献データ、データ科学によって行い、その材料を実際に合成して計測し、その結果をさらにフィードバックしながら研究を進めています。

[図3]

また、文科省のデータ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクトFSの「再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点」が東京大学に設けられ、蓄電池、水電解に関する研究が進められています(図3)。ここでは特に、新しい包括的なマテリアルDX用の開発と実験による材料開発、プロセスの革新を目指しており、また計算サイドにおいてもマテリアルDX向けの理論計算装置開発をし、従来型のMIを超越したものを実現しようとしています。このプロジェクトに参画する学生、研究者は全員がデータサイエンティストになることを標榜しており、すでにデータ駆動型、データ同化によるモデル最適化などに成功しています。
電気化学エネルギー変換デバイスにおける最大の課題は寿命です。寿命を初期特性から予測しようという研究に力を入れています。世界でもいろいろなプロジェクトがこのテーマを追いかけており、それにどう伍していくかが問われています。
福山 どうもありがとうございました。続いて「磁石」について、宝野さんにお願いします。
宝野 元素戦略磁性材料研究拠点(ESICMM)では10年間、思う存分磁石の研究をさせていただきました。その出口として企業とのオープンプラットフォームを開始します。これは磁石メーカー4社が参加し、共通課題を見いだして次世代磁石の開発に取り組んでいく計画です。
計画のメインとしているのがデータ駆動型研究(図4)で、その一例が画像インフォマティックスとプロセス・インフォマティックスの融合です。磁石の磁気特性は粒界、界面、欠陥などの複雑な微細構造に左右されます。そこで、画像ベースで有限要素モデルを組んで大量にシミュレーションを行い、ヒステリシスのデータを蓄積していきます。そしてデータ同化を行うことにより、微細構造を見れば磁気特性が出せる。これによって逆に、必要な磁気特性が微細構造から求められるデータが構築されていきます。

[図4]

また、ESICMMでは希土類磁石の世界唯一の熱力学データベースを構築しました。磁石を設計でこういったデータでこの組織をつくろうというときに、このデータベースを使う。電解質などは文献や特許のテキストマイニングのデータを使って設計し、試作します。これを最適化するときにプロセス・インフォマティックスを使っていくことになります。
将来の磁石にはさまざまなヒステリシスの形状が求められると予想されます。新しいタイプのモーターに必要な磁石特性はこういうものだとモーター設計者が指定したら、それを実現できるような磁石を迅速につくる。このようなツールを開発し、企業参加者とともにチューニングしていく。その取り組みを現在、データ創出・活用型磁性材料研究のFSで進めているところです。

3.データ駆動型研究に期待されること

福山 どうもありがとうございました。DXを使ったマテリアル研究についての目標・課題のご紹介はそれぞれ大変に刺激的でインパクトがありました。その中で共通点として印象に残ったのは、材料の基本にかかわることです。使ったらいつかは壊れる。破壊の前に材料疲労が起こる。石川さんは、壊れることを想定して設計するという研究の話をされましたが、逆に、材料のひずみの空間分布が高い精度で見えたら、疲労が起こっているかどうか、時間が経つと壊れるのかどうかを予測できるようになる。このような研究が将来的には材料科学の中核になるのではないかと思うのですが、計測の先にはどのようなビジョンがあるのか。橋本さんにお尋ねします。
橋本 いちばんわかりやすい構造材料でお話しすると、NIMSのクリープ試験は40年の歴史があり、破壊のデータもたくさん持っています。これまでは匠の技を蓄積してきましたが、それを今データベース化しています。そのプロジェクトも走っています。それによって、いろいろな測定データから破壊がいつ起こるかという予測ができるような仕組みができつつあります。
福山 そこで着目している空間スケールはどのくらいですか。
橋本 ミクロンからミリくらいの大きさの欠陥を見ています。
福山 ということは、亀裂はミクロの1原子ユニットで起こるが、それがマクロな物質の破壊に至るかどうかはまた別ですね。
毛利 「破壊」と言うときに区別しなければいけないのは、延性材料なのか脆性材料なのか。例えば、セラミックスは変形する前に即破壊してしまいます。それに対して多くの金属材料、合金材料では、まず変形が進行し、その中で転位が集積する。あるいはこれ以上変形しづらくなったところに応力集中が起き、亀裂が発生して、そこから破壊していくというようにいろいろなモードがあるのです。ですから、脆性的な破壊なのか、延性的な破壊なのかを区別しながら、かつその中での統一的な視点はないかということを探っていく必要があるのだろうと思います。
福山 舞台によって見え方が違っても、背後にあるサイエンスにはきっと共通点があるはずです。そのような視点に立って、材料疲労、破壊、その計測、解析、データ処理をどこまでできるのか。共通の議論ができるコミュニティをつくることができれば、道が拓けるのではないかと思うのですが。
橋本 おっしゃるとおりだと思いますが、学問のアプローチと実際に使うところのアプローチには距離があります。例えば電池の場合、電極触媒は10年もたせなければいけないのですが、耐久性試験を10年続けるわけにはいかない。また、機械学習によって何万回か使ったときのデータをとり、どのくらいもつか予測できれば役に立つことは確かです。しかし、学理と結びつけるというのは違うフェーズになるのではないでしょうか。
魚崎 電池の場合、疲労、破壊といった機械的要因に加えて、活物質や電解液が分解してなくなるなどの化学プロセスが電池の寿命に効いてくるので、一義的に共通点を求めるわけにはいかないと思います。
福山 舞台をつくっている物質自体がなくなってしまう。確かにそういう側面はあるかもしれませんが、学理探究という観点からすると、将来はきっとつながるのでしょうね。
宝野 ただ、いま対象となっている材料は世界中で開発競争が激しくなっています。それに対応して、研究にもスピードが求められています。学理の厳密なところには目をつぶってプロセスの最適化などを進めていくのがデータ駆動型の研究ではないかと思っています。日本は材料研究のいろいろな種は蒔いたけれど、収穫するところで失敗している。それはスピードが遅いからです。研究をいかに加速していくか。これがデータ駆動型の研究に期待されていることだと理解しています。

4.DX時代の研究評価とは

福山 確かに。学理というテーマは膨大で奥が深く、幅も広い。これから日本が世界で活躍するためには、今の若い人がそれを担わなければいけない。したがって人材育成が重要なテーマになってきます。人材育成は、研究評価が正しく行われているかどうかが基本ですが、研究成果に対する評価体制にもDXの波が押し寄せています。本質的な評価の実現を目指していく必要があります。日本の状況は国際的には周回遅れと指摘されており、日本物理学会ではワーキンググループをつくって検討しています。
「研究評価」については、前物性研所長の瀧川仁さんがこのシンポジウムに向けてメッセージを送ってくださいましたので、紹介します。
「昨年9月、物性委員会(国内の物性研究者のコミュティ)の幹事会メンバーとして、エビデンスに基づく研究評価・分析についての検討会を物性委員会が主宰することを提案し、その準備を進めています。この提案の動機となったのは、宮本岩男氏の論考『ビッグデータ解析基盤(e-CSTI)を活用し[選択と集中]について考える』です(日本物理学会誌2022年2月号参照)」
「その後、学術会議の科学者委員会研究評価分科会が、研究評価における定量的指標の過度の偏重に対して、「分野別特性を踏まえた望ましい研究評価の在り方について、学協会等の科学者コミュニティから積極的な提案がなされることが望ましい」と警鐘を鳴らしています(昨年11月25日)。それを見て、物性委員会の活動の意義を再認識しているところです」
瀧川さんは、これからの活動計画として、
「物性委員会では、これまで蓄積されたデータを活用して、学術の発展・向上に資する重要な要因は何か、そのためにはどのような評価指標が有効か、という問題に対して、エビデンスに基づく検討を計画している」
と書かれています。
物性委員会では今、内閣府、文部科学省を交えて評価指標の検討が進められていると理解していますが、この活動に対してコメントをいただけますか。
橋本 これは総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)でやっていることで、 CSTIの議員である私からお話しします。
これはもともと、政策を決めるにあたっての予算配分、どういう分野にどれだけの予算が配分されているか、マクロな指標を得るために行っていることです。政府レベルのデータベースというのがなかったからです。そこで、いろいろなプロジェクトの予算がどういう研究者に行っているのかを、ファンディングエージェンシーの側から調べていくのと並行して、各大学や国研からもデータを出してもらっています。それらを集めたデータベースが「e-CSTI」です。これが政策を決めるためのツールになります。
このようにe-CSTIは本来マクロなデータなのですが、一方で「この大学ではこの分野が強い」「この分野は予算が十分あるのに成果が出ていない」といったミクロな評価にさらされてもいます。今後、どのように活用していくべきか、アカデミア側から提案していただきたいと考えております。
福山 マクロの資源配分をデータとして見ると、その背後でどういうことが起こっているかという傾向は見えます。それを基にして、学術の発展・向上に資する重要な要因は何かを議論していく。その典型として、論文のサイテーションがどのくらいあるか。流行に乗ったサイテーションが一時的にあっても、後では引用されないということもあります。逆に、よい論文は、最初は引用されなくても時間が経つにつれてとどんどん引用されるようになる。どういう評価指標がよいか、このワーキンググループでは議論していると理解しています。その中で、若い人たちをエンカレッジするような評価の仕組みはどういうものかという基軸が出てくるのではないでしょうか。
橋本 現場のほうから「こう使うべきだ」という提言がないと間違った使い方をされる恐れもあります。積極的にいろいろな提案を出していくべきです。
福山 大変にエンカレッジングだと思います。
今回は非常に重要な意見交換を行うことができましたが、十分に議論する時間がとれませんでした。最後に、個人的なまとめをしてみました(図5)。

[図5]

マテリアルサイエンスにDXがどう役に立つかという議論はきわめて重要で、これからも議論を続ける仕組みが欠かせません。また、佐川先生が冒頭で強調されたように、税金をもらって研究する以上はソーシャルニーズをしっかりと意識しながら研究していく。まさにそうだと思います。具体的な仕組みづくりは行政の制度設計になりますが、産官学が連携して物質材料研究を議論していければと期待しています。
パネルディスカッションに参加いただいたみなさまに、あらためてお礼申し上げます。

パネルディスカッション出席者

福山 秀敏

Hidetoshi Fukuyama

東京理科大学 総合研究院/元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>専門委員

細野 秀雄

Hideo Hosono

東京工業大学/元素戦略研究センター センター長

橋本 和仁

Kazuhito Hashimoto

物質・材料研究機構 理事長

江頭

Motoi Etou

文部科学省 研究振興局 参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)

石川 哲也

Tetsuya Ishikawa

理化学研究所 放射光科学研究センター長

高田 昌樹

Masaki Takata

(一財)光イノベーションセンター理事長
東北大学 国際放射光イノベーション研究センター

射場 英紀

Hideki Iba

トヨタ自動車株式会社 先端材料技術部
チーフプロフェッショナルエンジニア

常行 真司

Shinji Tsuneyuki

東京大学/HPCIコンソーシアム理事/
「富岳」成果創出加速プログラム 領域総括

毛利 哲夫

Tetsuo Mohri

JST「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」SPD/北海道大学

魚崎 浩平

Kohei Uosaki

物質・材料研究機構フェロー

宝野 和博

Kazuhiro Hono

物質・材料研究機構フェロー/磁性・スピントロニクス材料研究拠点長